健康管理手帳制度

健康管理手帳制度は、昭和47年の労働安全衛生法制定時に創設された。

健康管理手帳制度の考え方
法案を審議した昭和47年4月25日衆議院・社会労働委員会において田辺誠議員(社)に対する労働大臣答弁がその後、「健康管理手帳制度の考え方」とされている。
労働大臣答弁の内容


健康管理手帳制度は、離職後の労働者について、その業務に起因して発生する疾病であって、発病した場合重篤な結果を引き起こすものの予防ないし早期発見のために創設するものである。


対象としては、業務起因性の明らかなもの、たとえば当該業務従事労働者について、その疾病の発生が疫学的に一般の人と明らかに有意の差があるものを選定したい。


当面、交付対象としては、ベンジジン、ベータ「ナフチルアミン等、労働安全衛生法により製造等の禁止をするものを中心にとり上げ、この制度を発足させたいと考えているが、今後は有害物質等について広く検討を重ねて漸次対象を拡大し、この制度の充実に努めたい。

健康管理手帳交付業務拡大の推移
1.制度化当初の健康管理手帳交付業務
・ベンジジン及びその塩を製造若しくは取り扱う業務
・ベータナフチルアミン及びその塩を製造若しくは取り扱う業務
・粉じん作業に係る業務
2.1975年に3業務を追加
・クロム酸、重クロム酸及びこれらの塩を製造若しくは取り扱う業務
・三酸化ヒ素を製造する工程における培燃もしくは製錬、またはヒ素を含有する鉱石を製錬する業務
・製鉄用コークス又は製鉄用発生炉ガスを製造する業務
3.1976年に4業務を追加
・ビス(クロロメチル)エーテルを製造し、又は取り扱う業務
・ベリリウム及びその化合物を製造又は取り扱う業務
・ベンゾトリクロリドを製造、又は取り扱う業務
・塩化ビニルを重合する業務
4.1996年に2業務を追加
・石綿を製造又は取り扱う業務
・ジアニシジンを製造、又は取り扱う業務
5.2019年に追加
オルト-トルイジン及びオルト-トルイジンを含有する製剤その他の物を製造し、又は取り扱う業務
6.2023年に追加
三・三´-ジクロロ-四・四´-ジアミノジフェニルメタン(MOCA)及びこれを含む製剤を製造し、又は取り扱う業務

放射線業務を健康管理手帳交付業務に指定させる課題

放射線業務は危険有害業務で18歳以下の就業は禁じられている。しかし、健康管理手帳交付業務には指定されていない。
放射線業務における労災認定の増加
1970年の原発運転開始以降、2022年12月末現在で原発被ばく労働者24人が放射線被ばくによる疾病で労災認定されています。
下記の表1は、労規則35条別表1-2の第7項に例示されている「職業がん」をもたらす業務の労災認定状況です。

表1 労災補償対象疾病リスト(労規則35条別表1-2)に例示されている疾病をもたらす業務の労災認定状況
手帳業務備考~200001020304050607080910111213141516171819202122
交付0155478562423128223101
交付0241502241015431112
031801000000000000000
04800000000000000000
交付05000110000000001
交付06000000000000000
交付07000000000000000
交付08肺がん5175477502503480424400402382391363387335376375340348
中脾腫500559536498544522529529539540564534641607578
09000000000000001
交付10100000100000002
11000000000000011
120000001061110412
13000000310111232
14全体2010011311211222163
原子力50010000112121012120022
15000000000000000
16000000000000000
交付176971146101421010335
交付18113423200020011
19000000000000000
交付20100100000001000
21000100010100000
22000000000000000
交付23000100101000100
240210016000741055

表2 表1の業務
番号業務疾病
01ベンジジンにさらされる業務尿路系腫瘍
02ベータ―ナフチルアミンにさらされる業務尿路系腫瘍
034-アミノジフェニルにさらされる業務尿路系腫瘍
044-ニトロジフェニルにさらされる業務尿路系腫瘍
05ビス(クロロメチル)エーテルにさらされる業務肺がん
06ベリリウムにさらされる業務肺がん
07ベンゾトリクロライドにさらされる業務肺がん
08石綿にさらされる業務肺がん又は中皮腫
09ベンゼンにさらされる業務白血病
10塩化ビニルにさらされる業務肝血管肉腫又は肝細胞がん
11オルト-トルイジンにさらされる業務膀胱がん
121,2-ジクロロプロパンにさらされる業務胆管がん
13ジクロロメタンにさらされる業務胆管がん
14電離放射線にさらされる業務白血病、肺がん、皮膚がん、骨肉腫しゆ、甲状腺がん、多発性骨髄腫又は非ホジキンリンパ腫
15オーラミンを製造する工程における業務尿路系腫瘍
16マゼンタを製造する工程における業務尿路系腫瘍
17コ-クス又は発生炉ガスを製造する工程における業務肺がん
18クロム酸塩又は重クロム酸を製造する工程における業務肺がん又は上気道のがん
19ニッケルの製錬又は精錬を行う工程における業務肺がん又は上気道のがん
20無機砒素化合物を製造する工程における粉砕、三酸化ヒ素を製造する工程における焙燃もしくは精製、ヒ素を3%を超えて含有する鉱石を製錬する業務肺がん又は皮膚がん
21すす、鉱物油、タール、ピッチ、アスファルト又はパラフィンにさらされる業務皮膚がん
22亜鉛黄又は黄鉛を製造する工程における業務
23ジア二シジンにさらされる業務
24その他のがん原性物質・因子にさらされる業務で業務起因性が明らかなもの
25粉じん作業(じん肺法第2条第1項第3号に規定)
26三・三´-ジクロロ-四・四´-ジアミノジフェニルメタン(MOCA)及びこれを含む製剤等を製造、若しくは取り扱う業務
(注)25番と26番は厚生労働省の「職業がんの労災補償状況」に含まれていない。

放射線業務は健康管理手帳交付業務に指定されるべき状況になっている。
【1】近年は労災認定件数は年間1件以上の状況となっている。

【2】今後も重篤な疾病の発生が継続すると考えられる。
図1は放射線業務従事者全体の年度当たりの労災認定件数の推移で、発生頻度が増加傾向を示している。

放射線業務従事者全体の労災認定に占める原発被ばく労働者の労災認定が多数を占める状況になっています。
2002年度までが21件中5件、2007年度から2021年度までが28件中16件

原発労働者の被ばく労災認定の推移を2つのグラフで表します。【年間認定件数の推移グラフ(図2)と年間発症件数の推移グラフ(図3)】
どちらのグラフも発生頻度の増加傾向を示しています。

図1 全放射線業務従事者の年度ごとの認定件数の推移グラフ

図2 原発労働者の被ばく労災認定件数の推移グラフ
図3 原発労働者の被ばく労災の年間発症件数の推移グラフ

以上から、放射線業務が健康管理手帳交付業務に指定される条件は満たしていると考えられます。

健康管理手帳の必要性
ウラン採掘、原発・再処理等は過酷な被曝労働、多数の被曝労働者を必要としその犠牲の上に成り立っています。
日本の原発で被ばく労働に従事した労働者は、福島原発事故前で40万人、2022年3月末で福島原発事故除染労働者を含め65万人規模に達します。
その総被ばく線量は、福島原発事故前で約4100人・シーベルト、2022年3月末で4300人・シーベルトとなっています。この線量からガン・白血病死に限っても400人規模と推定されます。 厚生労働省は「これを評価する立場にはない。」と被害の深刻さを認めようとしません。
「被曝限度を超えない程度の被曝線量では健康への深刻な影響はない。」として離職後の健康管理とそのための健康管理手帳の交付の必要性を認めようとせず、また、被ばく労働者の救済に役立てるために必要な労災申請とその結果に関する基礎資料の開示も拒否してきました。
2005年に公表された国際がん研究所の報告によれば、20ミリシーベルト以上の被曝グループは有意に全がんの死亡率が高まっています。被曝労働者は被曝限度以下でも被害を被っているのです。また、国際的に認められている原則的な理解では、より低い被ばく線量であっても被害は線量に比例して生じます。
日本の原発被曝労働者の第Ⅴ期(2010年度~2015年度)疫学調査資料によれば、調査対象の男性274,560人のうち、20mSv 以上の人数は、38920人で、全体の14.2%です。このことは、健康管理手帳の必要性の大きな根拠となります。

日本の原発被曝労働者の被曝線量
線量(mSv ) <5 5+ 10+ 20+ 50+ 100+
人数< 190,773 22,468 22,399 21,662 10,231 7,027
原子力発電施設等放射線業務従事者に係る疫学的調査(第Ⅴ期、放射線影響協会)より
調査対象は男性274560人、被曝線量20mSv以上の労働者は38920人で全体の14.2%

放置された被曝労働者 健康管理手帳の交付・国の費用による離職後の健康補償が課題
  線量限度以下でもがん・白血病などの被害が生じること、実際に労災認定された事例においても本人死亡の割合がかなりあることから、原発被ばく労働者の離職後の健康補償が必要です。

原発被ばく労働は有害危険業務で、18歳未満の従事は禁止されています。
労働安全衛生法では、がんその他の重度の健康被害を引き起こすおそれのある業務への従事歴があり、一定の要件を満たす場合に、離職の際又は離職後に健康管理手帳が交付され、国の費用で健康診断が実施されます。
しかし原発被ばく労働は健康管理手帳交付業務には指定されておらず、離職後の健康管理は個人任せです。
被ばく労働を健康管理手帳交付業務に指定させ、国の責任で離職後の健康管理を行わせることが大きな課題です。

健康管理手帳に関する法令
・健康管理手帳については、労働安全衛生法第67条
・手帳を交付附する業務は、労働安全衛生法施行令第23条で、
・手帳の交付要件は、労働安全衛生法施行規則 第53条第1項で、 それぞれ定められています。

認定例示疾病を拡大し、労災補償の敷居を下げましょう。
被曝労働者の健康被害を救済する唯一の社会的制度として、労災補償があります。
原発被曝労働者の場合、労災申請や労災認定の数、認定された疾病の種類が極めて少なく、被害は放置されています。

これまでに確認されている原発・核燃料施設労働者の労災補償申請・認定は申請27件、認定12件で、この他にJCO臨界事故による急性障害3件があります。

例えば、イギリスでは、原子力施設労働者の補償制度では、1986年から25年間に申請1400件、認定114件、2021年報告では申請1710件、認定163件です。(Compensation Scheme for Radiation Linked Diseases)
これと比べると、日本の被曝労働者が放置されている事は歴然としています。
長尾さんの多発性骨髄腫、喜友名さんの悪性リンパ腫の労災認定を白血病以外の疾病の労災認定の突破口として、この2つの疾病を法令の例示疾病リストに追加させる取り組みを進めています。
サイドメニューの「労規則35条専門検討会に向けた申し入れ」をご覧ください。

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