被ばく労災の増加と厚労省の「当面の労災補償の考え方」

増加する被ばく労働者の労災申請・認定
 最近は、原発や医療分野などで、放射線被ばくによる労災補償認定は常態化し、通常年1~2例です。
 原発被ばく労働者の放射線被ばく労災認定は、東電福島第一原発事故以前の35年間10人から事故後の12年間14人と増加傾向を示しています。

固形がんの不支給決定が圧倒的に多い最近の労災認定の状況
 被ばく労働者の電離放射線疾病による労災申請は、福島第一原発害事故の少し前から固形がんの労災申請がされるようになり、10年余りで白血病と類縁関係の疾病よりも多数を占める状況になっています。
 2022年12月末現在、福島第一原発事故後に不支給決定となった原発労働者の労災申請は少なくとも26件あります(2022年11月15日衆院復興特別委員会での答弁と過去の資料から)。
 分かっている事例は、骨髄性白血病2、結腸がん3、胃がん2、食道がん1、悪性リンパ腫1、白血病1、肺がん1、膀胱がん1です。他に、肝がん、膵がん、脳腫瘍、前立腺がん、腎臓がんが公表されているが医療関係者等との区別が不明。
 一方、支給決定は、白血病4、真性赤血球増加症1、悪性リンパ腫4、甲状腺がん2、肺がん1、咽頭がん2です。
 白血病とその類縁疾患に比べ、固形がんの労災認定率が非常に低いことが分かります。
 その最大の原因は下記の「100ミリシーベルト以上で固形がんの発症と線量の関係が認められる」とする厚生労働省の「当面の労災補償の考え方」です。

厚生労働省の「当面の労災補償の考え方」
 厚生労働省の「電離放射線による傷害の業務上外検討会」は、労災申請が「労規則35条別表1-2」疾病リスト」に無く、それまでに検討されていない新たな疾病の場合、その都度「当面の労災補償の考え方」を出しています。
 2012年9月以降、厚労省は、放射線被ばくによる胃がん・食道がん・結腸がん、膀胱がん・喉頭がん・肺がん、甲状腺がん、肝がん、膵がん、脳腫瘍、前立腺がん、腎臓がんについて「労災補償の考え方」を公表しました。

    胃がん・食道がん・結腸がん(2012年9月28日)
    膀胱がん・喉頭がん・肺がん(2015年01月28日)
    甲状腺がん        (2016年12月16日)
    肝がん          (2017年10月27日)
    膵がん          (2018年06月27日)
    脳腫瘍        (2020年03月19日)
    咽頭がん       (2020年03月19日)
    前立腺がん      (2022年06月28日)
    腎臓がん       (2022年12月23日)

 これらの「当面の労災補償の考え方」は、
  ①これらの疾病は個別の疫学調査あるいは一般的な結論から100mSv以上で放射線被ばくと発症の関係がうかがえること
  ②放射線被ばくからがん発症までの期間が少なくとも5年以上であること
  ③放射線被ばく以外の要因についても考慮する必要があること
 などを含めて、総合的に検討する、としています。
 これらの疾病のうち労災認定されたのは肺がん1件、甲状腺がん2件、咽頭がん2件のみで、ほとんどが不支給となっています。

厚生労働省の「当面の労災補償の考え方」の問題点

補償対象のがんを限定する根拠はない。原爆症認定基準に準じて、悪性腫瘍は全てを対象に
放射線被ばくによる労災補償で放射線被ばくによるがんの発症を白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、および14のがん以外は放射線被ばくによって発症しないとする根拠はありません。
現に同じ厚生労働省が管轄する原爆症認定においては、がんについては認定対象となる疾病は限定されていません。

肺がん等固形がんの発生を100ミリシーベルトを閾値とする根拠はない
肺がんなど固形がんは100ミリシーベルト以上から放射線被ばくとがん発症との関連がうかがわれるとする見解は、政府が福島原発事故以降マスコミ等を通じて広めている見解に沿ったものです
100ミリシーベルトに閾値があるという根拠はなく、論争されるとしても統計の検出能力の問題です。
従って補償制度においては100ミリシーベルト以下を切り捨ててはなりません。

100ミリシーベルト以上被ばくし、厚労省が被ばくとの関係を認めているがんで死亡した労働者の救済を
日本の原子力施設労働者の生死調査(第Ⅳ期)によると、食道がん、胃がん、結腸がん、肺がん、膀胱がん、咽頭がん、肝がん、膵がん、脳腫瘍による死亡者数と被ばく線量の関係は下記のような結果になっています。と死亡者数100ミリシーベルトを超える被ばくをした、厚生労働省が少なくとも100ミリシーベルト以上の放射線被ばくとの関係を認めているこれらのがんで死亡した労働者は140名を超えます。
被ばく線量の区分(mSv) 労災認定の線量基準該当者
(表の太字)
疾 病 <5 5-< 10- 20- 50- 100+
白血病除く全がん 5249 688 709 738 367 178 178
食道がん 279 37 40 47 29 9 9
胃がん 930 128 129 126 66 28 28
結腸がん 385 41 42 39 19 9 9
肺がん 1119 167 153 180 89 48 48
膀胱がん 68 10 9 7 5 4 4
喉頭がん 130 27 13 19 8 4 4
肝がん 801 108 114 114 49 33 33
膵がん 376 39 43 48 19 6 6
脳神経系腫瘍 76 9 6 7 3 3 3
多発性骨髄腫 38 7 5 4 3 3 6
悪性リンパ腫 114 11 15 19 8 9 累積線量と従事年数によるため該当者数不明
白血病 129 26 15 25 8 5


原発被ばく労働者の労災申請の壁が今よりずっと高い時代に働いた労働者も多く含まれると考えられます。
少なくとも厚生労働省の基準で労災認定の可能性があるこれら労働者の遺族に厚労省の労災補償の考え方や個人の被曝線量などを通知し、遺族補償の時効5年を適用せず、労災申請を受け付けるべきです。 → 詳細

「当面の労災補償の考え方」に沿った補償制度のお知らせリーフレット
厚生労働省は、リーフレット「放射線被ばくによるがんなどの疾病の補償制度のお知らせ」を配布しています。
リーフレットには「当面の労災補償の考え方」が盛り込まれ、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、および14の固形がんが例として示され、100ミリシーベルト以上から放射線被ばくと発症との関係がうかがわれるとしています。
これは、一般的には被ばく労働者に労災補償の道を知らせるものですが、対象疾病と被ばく線量の厳しい制限を周知する役割を果たしています。

被ばく労働者の線量限度を大幅に引き下げよ
放射線被ばくの健康影響については、主に、広島長崎の被爆者の追跡調査の結果が根拠にされています。
1980年代に被害が増加したことと原爆放射線の見直しから、放射線影響が10倍高いことがわかりました。しかし、ICRPは線量線量率効果で通常の放射線被ばくの健康影響は原爆放射線によるものの半分であるとしています。
1985年のパリ声明でICRPは公衆の線量限度を年5ミリシーベルトから年1ミリシーベルトに引き下げました。
しかし、当時の1977年勧告による被ばく労働者の線量限度年50ミリシーベルトはそのまま据え置かれています。
1990年勧告でも2007年勧告でも残され、5年間100ミリシーベルトの基準と併用されています。
従って、被ばく労働者の線量限度は1/10に、大幅に引き下げられるべきです。
これにより、健康被害の個人リスクを減少させることができます。

Copyright(c)ヒバク反対キャンペーン.All rights reserved.